チャンマールタイムス

様々なニュースについて語ります。

銀行~お金の湧き出る泉?~

※以前下書きに書き溜めていた物の放出 

 

ポイント

信用創造

 

 大昔NHKで「銀行」というドラマがありましたが、古すぎるうえにマニアックなので誰も知らないかと思います。黒木瞳とか小林稔二とかなかなかキャストは豪華だったんですよ。その頃はまだ財務省ではなく大蔵省。経済産業省ではなく通商産業省という役所の名前でしたが、その辺が話に色々絡んでくるようなストーリーでした。銀行業というのは政治や政府と切っても切り離せない存在なのです。

 銀行というのは金融業と言われますが、そもそも金融とはなにか。「金」を「融通」する、そのまんまの意味ですが、金のあるところから無いところに融通する、という事になります。お金が余っている人が銀行に預けます。それを元手にお金が足りない人、例えば新規事業を始めたくて資金が必要な法人などに貸し付けます。これが金融。

 これをもっと細かく見ていきますと、まず例えば私がA銀行に100万円預けたとしましょう。A銀行には今私が預けた現金100万円があります。A銀行はこの100万円の内、10万円はひとまず取っておいて、残りの90万円を他の誰かに貸し付けることが出来ます。実際には10万とっておくとかいくらとっておく、というのは法律で決まっていたかと思います。厳密には10万(10%)では無いかと思いますが。ここでは話しを分かりやすくするためにひとまず10%の10万円にしておきましょう。なにはともあれ残りの90万は誰かに貸すことが出来ます。

 A銀行に口座を持っているBという企業が新しい事業を始めるためにA銀行にお金を借りることを申し込みました。A銀行は先ほどの90万円を企業Bに貸し付け、Bの通帳に90万円と記載しました。金を融通しましたね。ここでA銀行としてはいくらお金を預かっていることになっているでしょうか?私が預けた100万円と、B企業に貸している90万円ですね。合計190万円です。しかし現金は私が預けた100万円しかありません。おかしいですね。

 さらにCという企業が、やはりA銀行に口座を持っていて、お金を借りたいとします。A銀行は今度はBの口座にある90万円の内また同様に1割残して81万円をCに貸すことが出来ます。ここでまたCの通帳に81万円と書き込みました。これでA銀行全体の残高は271万円です。現金は100万円です。こうやって銀行は金融を行ないながら、お金を生み出すことが出来るのです。これを「信用創造」と言います。

 今日本にある、いわゆる「現ナマ」をかき集めると100兆円ほどあると言われています。ですが、日本国内の全ての資産、上の現ナマを含む銀行の残高なども併せた全ての「お金」は1000兆円あると言われています。実に10倍にもなります。900兆円は実在しないお金です。

 

 こうやって見ていくと、果たして「お金」ってなんだろう?という気がしてきますね。そもそも実体ある現ナマですら、よく考えたらただの紙切れですしね。

 お金がお金たるゆえんも、考えてみると不思議なものです。この紙切れを我々はどうしてお金だと崇めているのでしょう。これには「共同幻想」という概念が登場します。

 元々お金って貴重な金属を用いることが多かったのはなんとなく多くの人が知っていると思います。金貨とか銀貨とか銅貨ですね。こういった貴金属はそれそのものに価値があるので、貨幣としての信頼を得られていた。学校で習うと思いますが貨幣の3つの役割として「価値の交換・価値の尺度・価値の保存」というのがありましたね。貴金属は価値の尺度として、また鋳造してコインにすることで流通力を持ち、したがって価値に交換にも便利です。同様にコインなら小さいので保存にも当時は便利でした。物々交換ですと米一俵とか必要な取引が片手に乗る程度のコインで可能になる。そういう意味での利便性があったわけです。

 しかし近現代になり、生み出される価値の量に貴金属の量が追い付かなくなります。まず大量のコインを流通させる不便から紙幣が生まれます。これは額面通りのコイン、ひいては額面通りの貴金属と交換可能ですよ、という証書のような物ですが、紙幣が貨幣の中心になっていきます。さらに、世界中で行われる取引の総額が、恐らく地球上で用意出来る貴金属、具体的には金ですが、の量を超える規模になり、ついに金との交換も止めることになってしまいました。金本位制の終焉と言われますが、そんな経緯を経て現代の私たちは何ら価値の裏付けのない紙切れを貨幣として大事にしているのです。

 

 そんなお金ですが、何ら価値の裏付けはないものの、実際には価値が裏付けられています。それが共同幻想です。みんながこれをお金だと思っている、ということが価値の裏付けになっているのです。細かく見れば、まあ給料とか税金とかがこれで支払われるというのもメタ的に価値の裏付けとする場合もありますが、いずれにせよ実体なき幻想が貨幣の価値の裏付けということになります。

 

 そして前半で見た信用創造の機能。これは銀行だけが有する機能ですが、この機能によりお金はジャンジャン増えていきます。減らすにはどうすればよいか。借りた金を返せばいいんですね。そう考えると、我々の使うお金っていうのは「誰かが借金して作った」お金、という事ができます。金融によって生み出された、と言い換えることも可能でしょう。同じ意味です。

 この銀行の信用創造について、私は義務教育で教えるべきではないかと思います。大学の経済学の教科書で初めて見て、衝撃を受けたのを覚えています。これをなぜ義務教育で教えない・・・!そしてここで見てきたような経緯を踏まえると、世の中で金融というのがいかに重要か、政府が金融政策に心血を注ぐのはなぜか、がよく分かるかと思います。

 実体あるお金よりも、みんなの銀行残高の合計の方が多い、という事態をどうとらえるか。健全か、はたまた是正すべきなのか。100万円しか無い銀行の預金残高が271万円あるという事は果たして良しとすべきなのか。しかしそもそも現代の貨幣は実態ある価値の裏付けがないのだから、仮に幻想としての貨幣だとしても、そこには現代における”実体ある価値”があるのではないか。そう見なしても良いのではないか。そもそも我々人類が生み出す価値の量に「見合った」形として現状まで進化してきたのだから、これこそが健全な姿なのだ、、、等々様々な議論があるのがこの「お金」というものなのです。そういった議論の基礎知識として、今回のような内容は重要な話になるのではないかと思います。

 

 お金の歴史については、また別の機会により細かくお話出来ればと思います。

 

※ただの一般市民の書く記事ですので、特にソースを示していない文章について、不正確であったり、私個人の誤解に基づいていたり、そもそも間違っていたり、する場合があると思います。そういった部分を見つけた方は出来るだけ優しく教えていただけると幸いです。勉強になります。またそういった理由により、記事を丸呑みするのではなく、興味を持ったらぜひご自分でいろいろ調べてみてください。